第2回


 似て非なる呂他墓表と呂憲墓表

(2017.12.5)



 書や拓本に詳しい方であれば、「呂他墓表」、「呂憲墓表」と聞けば、「あの似た2つの碑のことね」とすぐにお分かりになるかもしれない。ともに、五胡十六国時代の後秦の時代の墓表で、碑の形がそっくりで、記載内容の大半も共通しているという不思議な碑である。最初に発見されたのは呂憲墓表。西安で発見され、収蔵家である端方が所有していたが、その後、日本に渡り、中村不折翁の蔵するところなった。現在は台東区立書道博物館の第一展示室にある。一方、呂他墓表は、咸陽の個人宅の庭にあったが、1990年代に西安碑林博物館に運び込まれ、現在、博物館の倉庫にある。


呂他墓表の原石と拓本


西安碑林博物館蔵





呂憲墓表の拓本


台東区立書道博物館蔵




 呂憲墓表は比較的状態が良いこともあり、日本に運ばれた頃は偽刻を疑う者もあったようである。もっとも、その後、西安で呂他墓表の存在が明らかになったことで、そうした声は聞かれなくなった。2つの墓表は、形式や制作時期が同じであり、戦いなどで同時に亡くなった一族のものと考えられている。


 2つの墓表を比べると、ともに表題を含め37文字であり、そのうち32文字が同じである。文中に記載されている二人の名「他」・「憲」が異なるのは当然として、その他の違いは、呂他が「幽州刺史」であるのに対し、呂憲は「遼東太守」となっている点。兄弟なのか、親子なのか、それともそれ以外の親族であるのか、知る術もないが、二人とも相応の地位の人であったということである。


 さて、この2つの墓表、一見すると「そっくり」に見えるため、同じ人の手によって書かれたと解釈する向きも多い。おそらく原碑をみたことがある人であれば、そう思ったことだろう。事実、この2つの碑を解説している各種資料にも、そう書かかれていることが多い。私も、これまでずっとそういう認識でいた。


 しかしである。この2つの墓表を左右に並べ比べ、1つ1つの字を見比べてみるとどうだろう。似て非なるものであることに気付くはずである。「字」は同じでも、書体というか、線質や書き方が全く異なっているのである。既述のとおり、33文字が共通しているため、比較しやすい。


 表題の1文字目「墓」の字は、第1・2画の打ち込みの角度が異なるほか、第10画の起筆の位置も異なる。さらに言えば、最終画(土の右側の「点」)の形も全く違う。最も顕著な相違は、4行目の「略」という字か。呂他墓表では、第7画が「田」の右下に入り込んでいるが、呂憲墓表では、「田」の呂他墓表の三分の一くらいしかない。その下の「陽」のこざとへんも、呂他墓表は第1・2画を「角」を作りながらカクカクと書かれているのに対し、呂憲墓表では丸みをもって書かれている。


呂他墓表


呂憲墓表




左:呂他墓表、右:呂憲墓表

 



 碑の縦横の字数も異なる。呂他墓表は縦7字×横5字であるのに対し、呂憲墓表は縦6字×横6字(ただし最終列は5字)である。もちろん、文字の大きさもかなり異なる。呂他墓表の方がひと回り大きい。さらに、両者の字間は全く異なる。文字の大きさを揃えて比較した場合、呂他墓表で4文字分が呂憲墓表の3文字分である。このように、両者の違いを1つ1つ挙げていけばきりがない。





 こうした違いを積み重ねていくにつれ、1つの疑問に突き当たる。呂他墓表と呂憲墓表は、実は同じ者の手によって書かれたものではないのではないか、ということである。ただ、文章がほぼ同じ、碑形も同じである点を踏まえると、全く異なる者が書いたと考えるのは不自然である。仮に両者を矛盾なく理解しようとすれば、呂他墓表と呂憲墓表の書丹者は、親子や兄弟などの関係にあり、一方をお手本としてもう一方を作った、と考えるのが自然ではないか。両者を比較すると呂他墓表の方が、明らかに字がしっかりしている。これらを踏まえると、父が書いた呂他墓表をみながら、子が呂憲墓表を書いた、といったことも想像できる。


 さらにその想像を膨らませたい。呂他も呂憲も相応の地位にあった人物である割には、墓表に記載されている内容は最低限のものでしかない。家がしっかりしていれば、それなりの墓表が作られたはずである。二人が同じ日に亡くなったということは、戦いで死亡した可能性が高いことを示唆しているが、二人の一族も路頭に迷うほどの戦乱に巻き込まれ、その結果、簡便な墓表しか作れなかったのではないだろうか。生き残った一族が手分けをして二人の墓表を作り、同じ場所に葬った。そういう状況が想像できる。


 それでも1つの疑問が残る。二つの墓表の文字はほぼ同じなのに、なぜわざわざ1行の文字数を変える必要があったのだろうか。碑面に薄く升目がみえることからも、恣意的に文字数を変えたことが窺われる。見分けがつかぬほど全く同じように仕上げるのは故人に忍びないとでも思ったのだろうか。仮にそうであれば、他の面でももっと違いを出すはずである。ではこの中途半端な相違をどう理解すればよいものか・・・永遠の謎である。





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